代表あいさつ
私が昔の生徒に尻を叩かれるように、そして友人知人と語らってこのGlobeを起ち上げたのは2002年で、実際に活動をはじめたのは2003年からです。それから数年、ゼミを受講した人の多数がGlobeの社員となってNPOの運営に携わるようになり、ホームページも一新してくれることになって、その求めに応じてこの挨拶を記している次第です。
Globeでの勉強がどのようなものかは、その多数の人々が一番よく知っていますが、これは楽ではなく、手をこまねく場合のほうが多いかもしれません。それでもやめられない。やめられないで続けているうちに、いつの間にか文章を通して人の姿が見えてくる。そして人が見えなければ何事もはじまらないということがわかるようになる。そのようなことがわかって社会に巣立ってゆく人の姿を見ていることは嬉しいかぎりですが、この挨拶を書いていて想い起こされるのは、授業を途中であきらめていった人たちのことです。
その人たちに共通することは、自分の心がひらかれるまで辛抱できなかった、という点に求められるでしょう。論文が書けないとか、その作法を知らないとかいったことは、本当のところ、些末な問題です。大切なことは将来の自分につながる芽を育てることです。そのためにはどうしても心がひらける必要があり、心がひらけることによって自分が見えるようになる必要があります。このように言われても最初はなんのことかわからないかもしれませんし、途中であきらめた人は心がひらけるときの痛みを無意識にも予感し、それを避けたのかもしれません。しかし、その痛みは一瞬のことで、一瞬の後には新たな視野がひらけ、痛みに倍加する喜びがあります。大切なことを知ろうとすると、どうしても一度行きづまらなければならないとも言えるでしょう。だから、途中でやめてしまう人はとても勿体ないことをしていると私には思えるのです。
痛みをともなうこの一連のプロセスは、誰もが疑問に思っていながら、容易に解決できない問題に取り組むときのプロセスと重なっています。Globeのゼミでよく取りあげるのはそうした問題です。テクストを読んでいるうちに浮かびあがってくる問題であると同時に、誰もが生きてゆく過程で遭遇する問題なので、避けようがないから避けずに取りあげるわけです。このような問題について文章を書くことはむずかしく、論文試験でもとめられる一通りの言葉で対処できないことは、受講していれば、すぐわかります。そうわかることは現実の世界がかかえる問題を解決することが容易ではないと知ることに連なってゆきます。自分の課題を確認し、それを深めることに連なってゆきます。だから書けないからといってすぐあきらめる必要はありません。1ヶ月や2ヶ月であきらめるのではなく、少なくとも1年は続けていただきたい。書けない自分をかかえながら受講を続けていると、見えてくるものがあります。受講しているうちに自分のなかに芽生えるものがあるとも言えるでしょう。そうなれば、片言でも、自分のなかから言葉が生まれてきます。その片言を育てることが受講する皆さんの課題になるのです。
じっくり腰を据え、人と物事が見えてくる力を養いたいと思っている方を心から歓迎します。
特定非営利活動法人 日本論文教育センターGlobe
代表 今野 雅方
