教育改革

若い世代が抱える「もっとわかりたい」という欲求

論文教育センターGlobeは、若い人たちの心におのずと募ってくる、「もっとわかりたい」という欲求に応えるために設立されました。その欲求は、小さい頃から家庭や学校などでふんだんに与えられている知識や理解とは別に、ひとりの人間として生きているうちに否応なく芽生えてくる、「人間とその世界」を理解したいという欲求です。

ところが多くの学生は、「もっとわかりたい」とはいっても、本当のところ自分が何をわかりたいのかまだわからないという状態にあります。自分が何をわかりたいのかを知るためには、色々な人の文章に自分の心を晒しながら、丹念にそれを読み解き、咀嚼(そしゃく)していくという昔ながらの勉強法があります。

「もっとわかりたい」に応えられない現在の教育制度

ところがほとんどの学生は、高校を卒業するまで文章の読み方を教わっていません。文章を読んで「わかる」おもしろさを体験していません。小学校から中学校、中学校から高校へと段階が上がるたびに、わからないことはどんどん増えていきます。わかる速度より体験する事柄のほうが多いからです。こうしてまともに文章を読んだことがないまま、わかるという体験を重ねないまま、大学に入学してしまいます。

大学に入学すると、勉強の場として想定していた大学と、現実の大学との断絶は決定的になります。知りたい、わかりたいと思って大学に入ったのに、気づいたときにはわからないことだらけの世界になっている。そのわからなさをどれほど、そしてどのように自覚するかは人の性格や資質によって違いますが、これが大なり小なり大学にやってくる新入生の置かれた状況です。

わからないことだらけの中心にあるのは、言うまでもなく、「自分」です。子どもから大人へ移行する過程で、一度は自分がわからなくなり、真剣にとりくむ対象が見つからなくなる時期を経るほうが普通です。その時期のさなかにあるときには――それも特にその初期には――自分をわかりたいという気持ち自体がそれとは自覚されません。明確なものと言えば、もやもやしたものが自分を包んでいることだけです。

機能不全を起こしている大学の教育現場

このもやもや、つまり自分を知るということに真剣に向き合う場は、本来なら大学です。ところが実際にはその場が大学に見あたりません。大学の授業は個別の学問分野にかかわり、自分との直接の関わりがない。深いところで個人の在り方にかかわる問題は、専門家としての大学の先生がそもそも答を出せません。

大学に限らず、制度的に存在する教育機関では、常に、一般的な事柄を身につけることが第一の目標になります。しかし個々人がわかりたい、あるいは身につけたいと思うことの核心は、制度が定める範囲を外れたところに根をおろしています。制度教育の在り方と個人の在り方とのあいだにあるギャップは埋めようがありません。本来なら、このギャップを埋めるのが大学のゼミですが、現在の大学のゼミは自分を知るためのプロセスがくみ込まれていないため、機能しません。

自分を知るためのプロセスがくみ込まれていない理由は、まともに文章を書くのが期末のレポートくらいだからです。自分で文章を書けば、その文章には必ず書いた自分が出てきます。その自分に気づかないとするなら、それは文章の読み方を教えられていないからです。現状では、大学で恩師と言える人にめぐり逢った学生は幸運で、大多数の学生は自分で、つまり大学の外で文章の読み方を習得する以外にありません。

「もっとわかりたい」にとことん向き合うための論文教育

こうした学生の受け皿として、Globeはスタートしました。受講生の多くはGlobeに参加した時点で、世間的に見れば有名な大学に入ったとはいっても、文章の読み方をやはり身につけていません。Globeではまず文章をしっかり読む勉強から始めます。それが「もっとわかりたい」の欲求に応えるための準備になるからです。

文章をまともに読み、自分のことばで自分の理解を展開していけば、それはやがて論文の形をとります。20年以上も前に大学入試に論文が導入されたときには、こうした能力を大学入学前に受験生に身につけることを要求していたのでしょう。しかし論文や小論文と言われる科目は形骸化が著しいのが現状です。大学側には個々の生徒や学生が考えているプロセスを読み取ろうとする努力が欠けています。Globeではこのプロセスを論文というツールを使って読み解いていきます。これがGlobeの提唱する論文教育です。

論文教育センターGlobeの教育改革

論文教育はなにも大学生のためだけにあるわけではありません。事実、2012年からGlobeでは小学生教室をスタートさせました。「国語力」とは「ことばを介して自分と自分の生きる世界を理解する力」です。小学生の時から文章を読んで「わかる」という体験を重ねていくことができれば、「もっとわかりたい」という欲求を持った時、それに対処する術を既に備えておくことができます。

「もっとわかりたい」という欲求に応えること、それはこれまでに自分が得た知識と体験の意味をひとりの人間として見いだしていくことに他なりません。Globeの受講生は、すでに重ねている自分の体験にことばを与えることから本当の勉強をはじめます。経験はその意味がわかって初めて生きる力になります。

論文の勉強はみずから文章を書くことを通して体験を経験に変える訓練です。本当にわかる授業、経験を豊かにする授業を広めていくことが、論文教育センターGlobeが掲げる教育改革です。

特定非営利活動法人日本論文教育センターGlobe

ページトップへ
Top